もう一歩深い視点から見る「時計仕掛けのオレンジ」

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よくSF作品は未来の設計図と言われるが、 「時計じかけのオレンジ」は現代社会を痛烈に風刺し、現在にも通ずる問題提議、若者の先取りした表現を取り入れることで新しい未来の設計図を生み出した作品といえます。時計仕掛けのオレンジは原作アンソニー・バージェス、脚本・監督はスタンリー・キューブリックにより1972年2月2日にアメリカで公開された作品です。

 

スタンリー・キューブリックの作品は過去に”見てないとヤバイ(?)ってレベルのSFの名作『2001年宇宙の旅』と裏話”でとりあげました。

この作品において効果的にクラシックの名曲が使われ、象徴的な役割をはたしています。

 

予告編においても映像が「ウィリアムテル序曲・泥棒のかささぎ」のリズムに合わせて素早くカットバックするとても斬新な表現方法です。

 

 

 

 

創られた言語と若者の暴力性

 

 

この映画は宇宙が舞台なり、SF特有の建築デザインやロボットが出てくるSF作品ではありません。

 

しかし、これは未来の人間の文化をSFで描こうとした新しいカタチのSF映画なのです。

現在の日本でも女子高生や若者を中心に「スラング」の文化があります。

 

時にそういった文化は伝統的な視点や、語彙力から見れば非常に危惧するべき文化の一つであるかもしれません。

 

しかし、この作品はそういった文化を否定的に捉えるのではなく、ある意味危険な肯定性とともに描いています。

作品としてそれを強烈な風刺で描いてるところにこの映画のもう一つの面白さがあります。

 

 

主人公アレックスらが使う、ナッドサット言葉(若者言葉)はスラブ語やロシア語、西洋の古い諺などをスペルを変えて使うことで未来世界の若者文化の象徴の一つとして使われています。

 

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映画で使われたいくつかのナッドサット言葉(若者言葉)は以下の通りです。

過激な言葉があり、若者特有の不安定で暴力的な表現が見受けられます。

デボーチカ(オンナのコ)
ドルーグ(仲間)
フィリー(もてあそぶ、からかう)
ガリバー(頭) ガリバー痛(頭痛)
ホラーショー(ロシア語のハラショーから、めっちゃ、イケてる)
イン・アウト(入れたり出したり=セックス)
マルチック(オトコのコ)
マレンキー(ちっこい、ちょいと)
ミリセント(ポリ公)
モロコ(牛乳)
オレンジ(ニンゲン、ヤツ、野郎)
ライティ・ライト(オッケー)
スパチカ(ぐっすり、ねんね)
トルチョック(乱暴する、ボコボコにしちまう)
ビディー(見る)
ヤーブロッコ(キンタマ、クソ野郎)

 

 

 

即興劇とアイデンティティー

 

映画では凄惨な暴力がアレックスたちによって展開されます。

 

 

 

「雨に唄えば」に乗せてアレックスが一家を襲うシーンですが、このアイデアはキューブリック監督が主人公役マルコム・マグダウェルのアイデアを生かすことでOKとしたテイクでした。

 

「雨に唄えば」は当初脚本には書かれていなかったといいます。暴力シーンのリハーサルで監督に「好きな歌を歌いながら暴力をしろ」と言われたマクドウェルが、歌詞を全部知っている唯一の歌としてこの歌を即興で歌ったといいます。映画の出来を左右するような、世紀の即興 でした。

 

 

キューブリック監督は違うパターンのテイクを撮ることで役者の即興の演技を多く取り入れることがよくあったそうです。
また前半に記述したクラシックの名曲に乗せて主人公が最高の興奮を得る場面に使われているのはこちら。

 

 

 

主人公が歓喜の曲であるベートーヴェン第九交響曲を聞き、反社会的な映像とともに彼のアイデンティティーが表現されます。

「暴力行為こそが彼本来のアイデンティティ」であり、作中で反社会的な個人を肯定することで「社会という機械に組み込まれた人間」の存在を強烈に風刺しています。
観客をその中に置くことで個人が社会と全く同一であることがいかに危険かというアンチテーゼも含んでいます。

 

 

「時計仕掛けのオレンジ」の言葉の意味と作品が起こした社会現象

 

では、そもそも時計仕掛けのオレンジとは一体何か?

時計仕掛けのオレンジとは

 

ロンドンの下町言葉で「何を考えているかわからない変人」という意味があります。

また原作者アンソニー・バージェスが一時住んでいたマレーシア語では人間を「オラン(ORANG)」といいます(ちなみにオラウータンはマレー語で森のヒトという意味があます。)

 

 

 

つまり「時計仕掛けのオレンジ(ORANG(e))」⇒「時計じかけの人間」

 

 

時計仕掛けの人間とは国家の奴隷をさす意味があります。

この作品が公開された当初、この作品に影響された犯罪がイギリス各所で起こりました。予想外の社会的影響にイギリスに住んでいたキューブリック監督の要請もあり、1973年には上映が禁止されることになります。

 

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監督は1999年に他界しますが、イギリスでは2000年のビデオの取り扱いまで27年もの間、作品の上映が禁止されていました。

それほどの社会現象を巻き起こした映画が時計仕掛けのオレンジだったのです。

 

この作品を鑑賞する時、自分は社会の中で「時計じかけの人間 」なのか主人公アレックスのような「社会とは独立した個人」であるのか、そういった視点を持ってみると監督の意図が垣間見れるのではないか、と思います。

 

 

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  4. 薄羽蜉蝣 より:

    政務活動費を偽宗教法人に垂れ流した京都市議は何のお咎めも無。醍醐東市営住宅は立て前は公開抽選になっているが住宅を建て替える際先ず醍醐中市営住宅を5棟を新築しそこに全世帯入居させた。そこで終わらず、醍醐東市営住宅を20棟新築した。その醍醐東市営住宅に一旦中市営住宅に入居して1年半程度しか住んでいない世帯を数件再入居させ引越しの度にかかる引越し費用は全て京都市の公費つまり税金である。その東市営住宅には京都市の元正職員が住む。団地の約半分の世帯がペットを飼育。偽装の精神疾患や障害者が殆どその人間達に共益費や駐車場代金を集金させそのうちの4割程度を助成金等として一部の人間達に手渡す。他にも生活保護を受給し続けベンツ2台所有し山科区に家を建て古い家財道具を公費で処分させた女。深夜に階下女性宅へ騒音を出す女、これに不正残留孤児や不正母子生保受給者が加担する。偽装障害者は出かける時だけ車椅子に乗り普段は共用廊下に置きっぱなし、犬の予防接種も無料、生活保護を不正受給し車を乗り回す在日。週末になると男が出入りしそれらを取り締まるべき筈の市職員も地区出身者が殆どで指定職と呼ばれる係長以上の職員もこの地区出身者が突出している。これが政令都市ランク8位の自治体の実態である。

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