『華氏451』読書をしない人間に未来はない。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

テレビばっかり見てる人。ソファーに横になって適当にチャンネルをまわしてボーっと見終わった後に虚しくなりませんか。受け身になって考えることをやめていませんか。
今回はレイ・ブラッドベリ『華氏451』の紹介と、本の大切さや能動的に考えることの重要性を自分なりにまとめてみました。

「華氏451」は今から約60年前にレイ・ブラッドベリによって書かれたSF小説です。

以下ストーリー概要

 舞台は、情報が全てテレビやラジオによる画像や音声などの感覚的なものばかりの社会。そこでは本の所持が禁止されており、発見された場合はただちに「ファイアマン」

(fireman ― 本来は『消防士』の意味)と呼ばれる機関が出動して焼却し、所有者は逮捕されることになっていた。(表向きの)理由は、本によって有害な情報が善良な市民にもたらされ、社会の秩序と安寧が損なわれることを防ぐためだとされていた。

密告が奨励され、市民が相互監視する社会が形成され、表面上は穏やかな社会が築かれていた。だがその結果、人々は思考力と記憶力を失い、わずか数年前のできごとさえ曖昧な形でしか覚えることができない愚民になっていた。

そのファイアマンの一人であるガイ・モンターグ(Guy Montag)は、当初は模範的な隊員だったが、ある日クラリスという女性と知り合い、彼女との交友を通じて、それまでの自分の所業に疑問を感じ始めた。ガイは仕事の現場で拾った数々の本を読み始め、社会への疑問が高まっていく。そして、ガイは追われる身となっていく。

wikipediaより

 

fire02

 

またこの作品はフランス人監督フランソワ・トリュフォー監督によって1966年に映画化されています。

予告編

 

 

本を読むことの大切さ

 

 

焚書官の主人公モンターグが自分が何故その焚書をしているのか、させられているのかわからないまま感情のないロボットのように本を燃やしている場面から物語が始まります。

 

書物を焼くのは秦の始皇帝の時代やナチス・ドイツ時代の焚書のようなもので、社会があまりに究極の姿を求めるときにしばしばあらわれる悲喜劇的な出来事でした。

 

著者のブラッドベリは本好きで図書館狂いの性格もあり、この作品ではどのように書物の神話を取り戻そうとしたかという一点を軸に書かれているように思えます。

 

小説における「」の位置づけは単なる文章をまとめた”本”の意味ではなく、人間が人間として知性ある行動と理性を持って行動できるツールの一つとして描かれています。

 

そういった、本を読むことの大切さは現実でも同じように感じます。

 

ノーベル賞受賞者のロシア詩人ヨシフ・ブロツキイは本の大切さについて受賞講演で次のように言い切っています。

 

「もしわれわれが支配者を選ぶときに、候補者の政治綱領ではなく読書体験を選択の基準にしたならば、この地上の不幸はもっと少なくなることでしょう。そう私は信じて疑いません。われわれの支配者となるべき人間にまず尋ねるべきは、外交でどのような路線を取ろうと考えるかということではなく、スタンダールや、ディケンズ、ドストエフスキーにどんな態度をとるかということである-そう私は思います」

私人―ノーベル賞受賞講演より引用

 

良き人間を作るために及ぼす言葉の力に対して、また良質の読書を精神に沁み込ませた人間に対して並々ならない信頼を示していることがわかります。

 

人間にしか備わっていない理性はまずは能動的に考える事から始まるのではないでしょうか?

 

それは読書体験と一緒で能動的に取り組む行為であり、パスカルの有名な言葉に『人間は考える葦である』とあるように、人間として唯一持っている考える力を放棄した時、もはやそれは人間として一つの意味をなくしてしまっているのだと感じました。

 

 

 

現状を変える力は常に心にある

 

この物語ではテレビ室といわれる、「テレビ」を見るためだけの部屋があります。この世界における人々はその「テレビ」を見て前述した考えることを放棄していました。

テレビで流されているのは人の考える事を放棄させる広告や宣伝文句、もはやそれが常識となってしまっている世界の人にとっては、考える事自体が不自然となっているのです。

 

 

しかし、読んでみて思うのは、小説家レイ・ブラッドベリのそのシニカルな目線は、現代の考える事を放棄したと思える人間たちをSFを通して皮肉るだけにとどまっているように思えませんでした。

たとえそういった社会でも人間は新しいモノを創り上げる要素を持っているのだと暗示するように描いているところだったと思います。

 

その存在が焚書官だった主人公の存在です。

主人公は感性豊かな少女の存在を通して、自分の焚書官としての立場に疑問を持ち始めます。

疑問を持ち始めると人間はその答えを探そうとします。

 

その過程には葛藤があり、人間は初めて考える事をするのだと思います。

そして、主人公を疑問に持たせたのは人間の豊かなイマジネーションや感性、それこそが人間の一番大切なもののうちの一つとして描かれたところにわたしは感動してしまいました。

 

また、その感性豊かな少女は、物語世界ではつまはじき者にされているのですがそういった描写も非常に皮肉が利いてると思います。

 

 

自ら考え新しいものを創りだすということ

 

 

余談ですが、著者レイ・ブラッドベリは映画界のストップモーション特撮の巨匠である、レイ・ハリーハウゼンと無二の親友でした。

ストップモーション特撮とは、関節を自由に動かせる人形を使って1コマ1コマコマ撮り撮影することで、まるで人形がひとりでに動いてるように見える特撮技術を言います。

 

ストップモーション特撮

 

 

ハリーハウゼンはこの手法を映画に取り入れ見事な大冒険活劇映画にクリーチャーや怪物を後世に残してくれました。

そしてそのレイ・ハリーハウゼンが映画制作において一番重要にしたものは、作り手の豊かなイマジネーションや創造力、自ら考える力であり、それなくして観客は喜ばないことを知っていたので特撮といった夢のある怪獣たちやクリーチャーを創造できたのでしょう。

 

その心が通じ合っていたからこそ、レイ・ブラッドベリといった親友も見つかったのかもしれません。

感情や豊かな心をもって日々の日常を過ごしていきたいと思えるようになりました。

 

 

物語が進んでいくにつれて、人間の感性と物語世界を構築する社会との対立が熾烈を極めていきます。

そんな中で主人公は常に考えて行動し実行して現状を打破しようと扮装するのです。

人間のもっとも大切な心と感情を守るために立ち向かう主人公の姿勢に苦労した自分の人生を振り返ると、とても大切なものを学んだような気持ちにしてくれました。

ぜひいろんな人に読んでほしい作品です。
華氏451度 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

華氏451 [DVD]

 

3 people like this post.
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

記事の更新情報をチェックする

RSSリーダーで購読する

  • follow us in feedly

“『華氏451』読書をしない人間に未来はない。” への4件のフィードバック

  1. レアモデル多数★Teacup Piggies

コメントを残す

サブコンテンツ
ホーム > レビュー > 『華氏451』読書をしない人間に未来はない。